生涯忘れ得ぬ店

1986年3月 北海道・小樽

当時から観光地であった小樽でしたが、3月は真冬ということもあり、ほとんど観光客はいませんでした。小樽では雪の記憶が無く、日の差す中ちらほらと風花が飛んでいた印象があります。雪はかっちかちに踏み込まれていて、内地から来た僕はすこしずつ歩くしかありませんでした。

小樽の次の塩谷駅から、1メートルくらいある雪の上を歩いて30分くらいの遊飛館という小さな「とほ宿」に泊まりました。大きな窓から日本海と、時たまその向こうの山を駆け上るように走っていく2両編成の電車が見え、夜になると、星に向かって電車が飛んでいくように見えるので、銀河鉄道と呼ばれていました。

宿のオーナーは副業で地元の郵便局に勤めており(まあ、どっちが本業か判らないけど)、物静かな大人でした。小春と呼ばれるでっかなネコがいつもどこか部屋の中で寝ており、動くのも面倒そうでした。僕が初めてホッケを食べたのもこの宿で、凄くおいしかったのを覚えています。(当時はあまり東京でホッケを見かけることはありませんでした。)

翌日昼に、教えてもらった小樽の街の地元の人しか行かないような市場の中の小さな寿司屋へ行き、上寿司800円を食べました。
おじいさんとおばあさんがひっそりとやっている小さな寿司屋で、時計が動く音とストーブの音以外にほとんど物音がせず、しーんとしていました。
この寿司が本当においしかった。
何の魚か判らないけど、恐らく市場で仕入れた地物の魚の寿司はたぶん忘れられないと思います。ストーブのとなりにいすが置かれていて、ここでネコがうつらうつらと寝ていました。

すべてが静かで、不思議な空間でした。
外は雪のせいか、窓はけっこう明るく、でも店内は薄暗く、ただ時計のカチコチ言う音だけが時間の流れを確認させてくれていました。なんとなく寿司屋のおじいさん、おばあさんと話をしたというのは覚えているものの、何を話したかは全く覚えていません。

はっきり覚えているのは、壁に誰の色紙か判らないけど、「ここでは時は薔薇のよう」という色紙が貼られていて、まさにその通りだと思ったことです。僕のそのお店のイメージは瞬間凍結された薔薇がただそこに存在するようなイメージです。触ると壊れそうな、でも凍り付いてひたすら美しい薔薇です。
そういう時間と空間を体験できたというのは実を言うと今の僕の原体験かも…とすら思います。

上寿司は800円で10カンなので、1回だけお金があるときはもう一人前を食べたりしました。でも、旅の学生に金があるわけ無く、一人前でも十分に贅沢でしたが。
今となっては銀河鉄道を見れる遊飛館は諸事情により閉館し、小樽のその寿司屋の場所も全く判らなくなり、恐らく既にお亡くなりになっているであろう老夫妻ともう会うこともないと思います。しかし、なぜか自分の中では時々思い出し、薔薇のような冬の北海道の小さな寿司屋を懐かしがります。

その当時の北海道にその当時の年齢のままもう一度行ってみたいなあ~
今は無き天北線の昼間急行「天北」(夜間は寝台車になる)に何時間も乗って未知の街へ行ったり、雪の中を3時間待ってなんとか車をつかまえて網走に行く、なんてヒッチハイクをもう一度してみたいなあ。
もう二度とありえないことなのは判っているけどね。

まあ、こんなこと書いてしまうこと自体、おっさんの証拠ですね。ははは。

5 Replies to “生涯忘れ得ぬ店”

  1. 遊飛館
    私にとって初めて北海道に行った時の泊まった宿であり、アットホームな雰囲気は今でも忘れられません。
    久し振りにお邪魔しようかと思っていたのに、閉館していたとは残念です。

  2.  久々に遊飛館で検索をしたら、こちらに参りました。その当時の旅人です。今は道民となって、はや23年が経とうとしています。京都生まれで、学生時代はほとんど周遊券で放浪していました。先日遊飛館の宿泊スタンプを見つけ、数えたら67泊もしていました。
     寿司屋さんは 飯(いい)寿司さんで、ニューなると(新子焼き)さんの近くにありました。色紙は小林秀雄だったと記憶しています。
     是非、昔を思い出して旅に出てください。小生、縁あって摩周湖の傍に単身赴任中です。

  3. おかだんなさん
    ありがとうございます。
    67泊とは、相当のヘビーユーザーさんですね。僕は7泊くらいかな。
    20年以上前の大学時代の冬場、同宿者のほとんど居ない時期に泊まっていました。あそこで海と銀河鉄道を見ながらだらだらと過ごすのは最高でしたねえ。ヒマな時期なので、温泉にも連れて行ってもらったりしました。
    他にも僕も周遊券で何回か北海道を旅していましたので、どこかで会っていたかも知れませんね。
    そうそう!お寿司屋さんは飯寿司だったと思います。
    なつかしいなあ。あの寿司を超える寿司はその後出会っていません。なにか味のあるお寿司屋さんでした。
    摩周の近くに住んでいるとはまた良いところですね~。
    あの辺も面白いとほ宿がいっぱいあったなあ~。

  4. インスタグラムで塩谷駅がアップされていたので、遊飛館を思い出しました❗ 積丹半島が常宿だったんですが、落ち着きたい時はこちらでゆっくりしてました❗懐かしいですね❗こちらで購入した黒地に緑字の小袋は、今もカメラ備品入れに使ってます[E:#x1F3B5]
    今度は、ここにも訪れてみたいです❗

  5. かねごんさん、ありがとうございます。
    懐かしいですよね。遊飛館は僕も好きでした。
    他にお客さんの居ない日は温泉にも連れて行ってもらったなあ。

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