いよいよ完結!アキバ探訪記(既にタイトルすら忘れかけてる…)

メイド喫茶を出た我々は、よりディープなお店を求めてじゃんがらラーメン周辺を歩き回った。
街は雨のムレとデ●の熱気で不快指数が急上昇中だった。
おっと、●ブをバカにしちゃいけない。これは自分の事なのである。

ある角地にあるビルの前で足を止めた我々は、禁断のビルであるということにも気付かず上がってみることにした。女性がいるにもかかわらず…。
このビルの中に何があったかはちょっと人前では話せない。

同行のI嬢はこういった「こ、これは…息が苦しいっす」
I氏は「これは合法なのか?」とつぶやいた。
このビルから去りたくないO氏を引っ張りつつ、もう少し健全な(はずの)駅前のラジオ会館に向かった。

私の知るラジオ会館(当時はラジ館と呼んでいた)は、ジャンクなパーツをこれでもか!と広げ、いったい何に使うのかすら判らない部品の後ろにたたずむ店主のオヤジとそれを何の目的で購入するのか判らない黒ジャンバーのオヤジ(時には日本語すらおぼつかない)達の饗宴の場だった。少なくとも15年前までは。

今は違う。まさにハードというにはうってつけのハードウエアショップは息絶え、萌え~という単語が飛び交い、エロな同人誌やフィギュアがこれでもか!と置かれる特殊な趣味のビルに変わってしまった。同じこれでもか!でもだいぶ趣が違うのだ。

そこで我々が見た現場は酸素濃度が10%位(I嬢による測定平均値)の特殊な空間だったのである。
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←ずらりと並んだフィギュアのおしりの数々。残念ながらこれがぎりぎり見せられる限界である。

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←これはそのまま見せるにはまずい物件。この写真を撮った直後に店の人に撮影禁止ですよ~と優しく怒られる。

これらの物件及び各種専門誌等に圧巻され、I嬢が一時過呼吸に見舞われ、命の危険を感じたため、我々一行は店を出た。その間にお店へのおみやげを購入したのだが、何を買ったかは内緒ということで。

私は知った。もう秋葉原は私の知るアキバではないことを。
今回はアキバ三部作の最終回である。過去2回に比べ、この回の時がもっとも過酷であり、シビアな状況であったが、詳しくお知らせできなくて残念である。
一応、なんとか大人として書ける限界まで書いたつもりだ。だが、我々の体験したことの10%もお伝えできないのが残念である。
もっと知りたい人は、実際にアキバまで足を運ぶことをオススメする。(はまっても知らんけど。)その際は、ぜひ私を連れて行って欲しいと切に願う次第である(←既にはまっている)

マンゴーを食べているときのRさんは

の●み~
鉄板焼きがうらやましいか?って~?
こっちは完熟マンゴーがあるのよ!
悔しかったら食べてご覧なさいよ~!

とつぶやきつつ食べていました。
正直、ちょっと怖かったです。

今年もマンゴーの季節です。

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なぜかお店にマンゴーがひとつ…

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とりあえず剥いてみる。

1

すげえうれしそう

2

食す。

3

「てかこれ、マジうまくね!」

4

しゃぶりつくす。

ごちそうさまでした。(R)

ついにあの街へ!PART2

前回までのあらすじ
横浜某ホテルでもっと広く世間を知らないといけないのではないかと話し合った我々は未知なるモノをいろいろと見て視野を広くしようと実践の旅に出ることにした。最初のターゲットをアキバのメイドカフェに定めた我々は純粋に探求心から電車に乗り、科学的に解明しようと秋葉原の駅に降り立った。そこで我々が見たモノは我々の知的好奇心を満足させるに十分な素材と加工技術であった。

某ビル4階にあるメイドカフェの前に立った我々4人は店内が写真撮影不可であることを確認した。以下は音声のみでお楽しみいただきたい。

ドア「カランカラン」
メイド「いらっしゃいませ!何人様ですか?」
O氏「あれ!?」
私「!」
Iさん「!」
I氏「?」
O氏「えと、4人です」
メイド「こちらへどうぞ~」
憤然とするO氏、Iさん。とりあえず4人座る。
ぶつぶつと…O氏「おかえりなさいませ、ご主人様じゃないのか?」
Iさん(不満げに)「そうですよね。これじゃ何のために来たのかわからないじゃないですか!」
I氏「…」(目線はメードさんに釘付け)
メニューを見る。普通のコーヒーもあればメイドさん限定(そのメイドさんがいるときにだけ出す食材)メニューもある。とりあえず、知的好奇心の強い私とO氏はメイドさん限定メニューを頼む。しかし、理性のあるI氏はコーヒーを頼み、我々には理性もあるんだというところを見せてくれた。Iさんはメイドさんが絵を描いてくれるウインナコーヒーを頼む。

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←この店では食品の写真はOK!だからこれはギリでOKの写真なのだ。メイドさんの手についているふさふさがこのお店のポリシーを表すのだ!

Iさんのコーヒーが来たときに、メイドさんは何の絵が良いですか?と聞いたので、Iさんはケロロと言ってみたら難しいから却下されてしまい、結局ウサギになってしまった。しかし、ホスピタリティマインドあふれるメイドさんは、ケロロの絵を紙に書いてきてくれるとIさんに渡してくれたのである!しかもメイドさんのサイン付きで。
Iさんは心から喜び、「やっぱりコレですよ!これこそがホスピタリティですよ!来て良かったなあ」などとほんの178セコンド前まで言っていたことと全く逆のことを言い出した。

ついにガマンしきれなくなったO氏がメイドさんに「あの~お帰りなさいませとかご主人様とか言わないんですか?」とメイドさんに聞く。
メイドさんは「ウチは普通の喫茶店ですよ」と衝撃的な事をのたまう。
いや、あんた。普通の喫茶店ならそのメイド服は何よ。まあ、100歩譲ってそれがウエイトレスの制服だとしても、メニューにメイド限定メニューとか載せてるじゃないのよ。などと突っ込みを入れたくなったがガマンした。

メイドさん「以前は、会議で(メイド会議があるらしい)『ご主人様~』とか『にゃんにゃん』とかやろうと言っていたんだけど、実際やってみると気持ち悪くて誰もやらなくなっちゃったんですよ~」とにこやかに笑う。いや、そうは言っても、お客さんはそこに価値を見いだして来てるんじゃないですか?少なくとも甘ったるくて(もの凄く甘かった)割高のメイド限定メニューが飲みたいと思って階段を4階まで上って来る人はいないでしょ?そもそも普通の喫茶店なら店内撮影禁止にする必要もないでしょ。などと誰かが再突っ込みを入れようとしていたが黙っていた。

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←店内撮影禁止ではあったが人物に焦点を当ててとってみた。この直後にダメですと怒られてしまった。後ろにぼんやりとメイドさんが写っているのは内緒だ。

しかし、きさくで良いメイドさんだったので、我々はすべてを許した。
良い店じゃないか~。メイドさんもカワイイし。何より積極的にお客さんと話をしているのがウリなのだ。そうかそうか。それで十分なのだ。主人様~ってのを期待しちゃいけないんだ。納得したよ、おじさんは。

おお、そろそろ外に降っていた雨もやんできた。そろそろ行こうじゃないか!みんな!と。爽やかな笑顔をしながら我々は店を出ることにした。
非常に爽やかで気持ちの良い雨上がりの午後の出来事であった。我々は全員笑顔であった。

この後、我々にあのような酸欠地獄が待っているとはこの時誰も想像しなかったのである。
つづく…。

超イカスし、すげえメーカー

などと最大限の賛辞をタイトルにしてしまいましたが、事の顛末はこうです。

先日、お店で使っている某社のPCが突然落ちてしまう(物理的に落ちるということではなく、電源が切れるということですよ~)ことが続いたので、「また」あの症状が出たなと思い、清掃を始めました。

あの症状というのは、CPUクーラー(ファン)の周りに埃が溜まってしまい、うまくCPUの排熱が出来なくなったため熱暴走してしまうというトラブルで、以前、同様の症状が出たときに、メーカー修理をしたら、CPUクーラーの清掃で一発で解決したということがあったのです。
当時は保証書の期限内だったので、無料でしたが、今回は保証期間が切れているので送っても有料になるだろうし、まあ、CPU周りの清掃だけなら自分でも出来ると。

掃除機を持ってきて、ケースを開けて、CPU周辺の埃を吸い取ったのですが、どうもファン内側に埃が溜まっているみたいだと。
で、ここで私は大きな勘違いをしていたのですが、昔のCPUってファンと別々だったので、ファンをはずして清掃をするなんてことができたのですよ。実際にやっていたし。
でも、いまのCPUってファン一体型なんですね。

もうお分かりですね。
そう、ファンをはずそうと思ってCPUをはずしてしまったのです。

焦ったけど、後の祭り。とりあえず埃を取ってCPUを取り付けようとしたけど、素人の悲しさ、簡単にCPUのピンを曲げてしまったのです。

なんとか、表面上は取り付けたと思って電源を入れたのですが、ウンともスンとも、ズガッ!とも言わない。うむむ~

ここに来て、自分じゃ無理だと。素人さんには何にもわっかりませ~んという顔をして、あわててメーカーの修理相談窓口に電話をしました。
メーカーの人は非常に丁寧な言い方で、とりあえず送れと。

で、とりあえず指定された送付先へ送ってみました。保証書がないので、有料でもかまわないよ~(実際に保証期間は過ぎているはずだし)、でもなるべくHDDのリセットはしないでねえと手紙を書いて、送りました。

数日して、戻ってきたPCは完璧になって戻ってきました。CPUの曲がったピンを直して、再取り付けをして送ってきたのです。最悪、CPU交換を覚悟していたのですが、そういうことにもならなかったようです。

肝心の修理費は無料でした。
特にそのことは本体同梱の完了書には書かれていなかったし、戻ってきてから1週間以上が経ちますが、別途請求書が送られてくることもありません。ここに至ってどうも無料じゃないか?という思いは確信に変わりました。

たいした手間数ではなかったであろうし、部品が必要だったということもないのですが、それでも無料ってのはたいしたもんだと。

このメーカーとは大変無名なメーカーですが、知る人ぞ知るメーカーで、フロンティア神代という山口県のメーカーです。私の中で今後も買い続けたいメーカー認定されました。(←簡単なことかもしれないけど、すげえ簡単な修理であっても有料、保証期間内であっても保証書がないと有料だとかそんなメーカーが多い中、安心していられるメーカーというのは稀少になっているように思います)

テレビで某BTOで有名なメーカーのCMがばんばん放送されていますが、中国製で納期に時間がかかったりします。しかし、このメーカーは国内工場産でがんばっています。
別に中国が悪いというわけではないけど、信頼性というのはアフターメンテナンスも含めて考える自分にとっては国内工場産の方がいいなと。もちろん、自分はいろんなジャンルで中国製品もたくさん使っていますけど、PCとか車とかって少しでも信頼性が高い方が良いから、国産であるに越したことはない派なんですよ。ノートPCも某社の神戸産だし。

そんなわけでフロンティア神代さんはけっこういいですよ。かなりマニアックなメーカーだけど。

ガイアの夜明けが始まった。

なかなか楽しみの回なので待ってました~って感じ。
ちなみに、件の東京のRホテルにはウチの甥っ子が入社した。
まあ、だからどうってことはないけど。

しかし眠い…

録画して寝てしまおう(この辺いいかげん)

生涯忘れ得ぬ店

1986年3月 北海道・小樽

当時から観光地であった小樽でしたが、3月は真冬ということもあり、ほとんど観光客はいませんでした。小樽では雪の記憶が無く、日の差す中ちらほらと風花が飛んでいた印象があります。雪はかっちかちに踏み込まれていて、内地から来た僕はすこしずつ歩くしかありませんでした。

小樽の次の塩谷駅から、1メートルくらいある雪の上を歩いて30分くらいの遊飛館という小さな「とほ宿」に泊まりました。大きな窓から日本海と、時たまその向こうの山を駆け上るように走っていく2両編成の電車が見え、夜になると、星に向かって電車が飛んでいくように見えるので、銀河鉄道と呼ばれていました。

宿のオーナーは副業で地元の郵便局に勤めており(まあ、どっちが本業か判らないけど)、物静かな大人でした。小春と呼ばれるでっかなネコがいつもどこか部屋の中で寝ており、動くのも面倒そうでした。僕が初めてホッケを食べたのもこの宿で、凄くおいしかったのを覚えています。(当時はあまり東京でホッケを見かけることはありませんでした。)

翌日昼に、教えてもらった小樽の街の地元の人しか行かないような市場の中の小さな寿司屋へ行き、上寿司800円を食べました。
おじいさんとおばあさんがひっそりとやっている小さな寿司屋で、時計が動く音とストーブの音以外にほとんど物音がせず、しーんとしていました。
この寿司が本当においしかった。
何の魚か判らないけど、恐らく市場で仕入れた地物の魚の寿司はたぶん忘れられないと思います。ストーブのとなりにいすが置かれていて、ここでネコがうつらうつらと寝ていました。

すべてが静かで、不思議な空間でした。
外は雪のせいか、窓はけっこう明るく、でも店内は薄暗く、ただ時計のカチコチ言う音だけが時間の流れを確認させてくれていました。なんとなく寿司屋のおじいさん、おばあさんと話をしたというのは覚えているものの、何を話したかは全く覚えていません。

はっきり覚えているのは、壁に誰の色紙か判らないけど、「ここでは時は薔薇のよう」という色紙が貼られていて、まさにその通りだと思ったことです。僕のそのお店のイメージは瞬間凍結された薔薇がただそこに存在するようなイメージです。触ると壊れそうな、でも凍り付いてひたすら美しい薔薇です。
そういう時間と空間を体験できたというのは実を言うと今の僕の原体験かも…とすら思います。

上寿司は800円で10カンなので、1回だけお金があるときはもう一人前を食べたりしました。でも、旅の学生に金があるわけ無く、一人前でも十分に贅沢でしたが。
今となっては銀河鉄道を見れる遊飛館は諸事情により閉館し、小樽のその寿司屋の場所も全く判らなくなり、恐らく既にお亡くなりになっているであろう老夫妻ともう会うこともないと思います。しかし、なぜか自分の中では時々思い出し、薔薇のような冬の北海道の小さな寿司屋を懐かしがります。

その当時の北海道にその当時の年齢のままもう一度行ってみたいなあ~
今は無き天北線の昼間急行「天北」(夜間は寝台車になる)に何時間も乗って未知の街へ行ったり、雪の中を3時間待ってなんとか車をつかまえて網走に行く、なんてヒッチハイクをもう一度してみたいなあ。
もう二度とありえないことなのは判っているけどね。

まあ、こんなこと書いてしまうこと自体、おっさんの証拠ですね。ははは。