初音ミクの本当の意味

今朝、NHKで由紀さおりさんと初音ミクの特集をやっていた。

最近、世界で認められた日本の音楽文化として好意的に紹介されていた。

初音ミクに対しても基本的に好意なんだけど、40代から上のコメンテーター陣は、例えば矢崎滋氏はわからない大人(を演じていた?)だったし、基本的に「あまり理解できないものだけど、日本発の文化が受けているのならいいじゃないか」的なスタンスだった。まあ、これが一般的な大人の反応というものだろうと思う。

あまりこの番組では語られなかったが、実は由紀さおりさんと初音ミクというのは典型的な対照物件だと僕は思う。

由紀さおりさんは恐らくプロダクションにより、ちゃんと作品に作られてから、昭和40年代の市場に流されヒットした人で、なんというか商業的にきちんと、製造-卸-小売店-消費者の確立したルートで流された商品(というと語弊があるかも)だった人。(ただし、今回の再ヒットは番組でも言っていたけど、往年の自分の曲をYOUTUBEで流して、それがアメリカのジャズの大物の目に止まり、コラボをしたら国際的なヒットに繋がったとのことだけど。)

対する初音ミクは商業面はまったく関係なし。混沌のカオスの中から誕生し、多くの興味を持った人の切磋琢磨から世界にでていった人(?)。

いわば、由紀さおりさんの場合は、上流で一部の人が魚を放流し、流れてきた魚を下流で釣り人が釣って持ち帰るというルールが確立していた時代のもの。初音ミクは、大きな池の周りで、魚を放流する人、釣るだけの人、釣ったらリリースする人、外来種を放り込む人…さまざまな人がいる状態。

正直言って、スタジオのコメンテーターは川釣りが釣りだと思い込まされていた人が、池に連れてこられても「こんなん釣りじゃない!」と怒るようなもので、同じ音楽がテーマでも最初から視点が違っていたような気がする。でも、あまり否定的なことを言うと、時代についていけてないと思われるかもと思って、なんとなく勘違いの発言をしたりして息を潜めている感じ。

番組は最終的には大人の視点として、戸惑いつつもよくわからないオタクの文化を認めてあげるみたいな感じに持っていったけど、なんとなく上から目線で認めてあげる感が無いわけではなかった。ただ、その目線だといろいろと事実を見誤ると思います。

で、私の言いたいことは、いま音楽で起きているこの視点のズレがあらゆるジャンルでこれから起こるかもしれないということ。モノにしても、文化にしても、上流から下流に流れるものを捕まえるだけという視点は変わりつつあると思うのです。

モノづくりはカオスの中から自然と生まれるようなものではなかなか無いかもしれないけど、簡単な商品のジャンルからだんだんそうなっていくと思います。

これからの時代、作る側も、中間業者も、買う側も、いままで以上に必要になってくる能力は「目利き力」なんだろうなあと思う次第です。偏見なしであらゆるものをきちんと見極める能力を養っていきたいものです。(ああ、なんか単純な結論になってしまった)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です